Katecsブログ

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公私のけじめを大切にする

仕事をしていく上では、公私のけじめをはっきりつけなければなりません。プライベートなことを勤務時間中に持ち込んだり、仕事上の立場を利用して取引先の接待を受けたりすることは厳に慎まなければなりません。仕事を通じてのいただきものを個人のものとせず、みんなで分けあっているのもそのためです。これは些細な公私混同でもモラルの低下を引き起こし、ついには会社全体を毒することになってしまうからです。私たちは、公私のけじめをきちんとつけ、日常のちょっとした心の緩みに対しても、自らを厳しく律していかなければなりません。

フェアプレイ精神を貫く

カテックスグループは「フェアプレイ精神」に則って正々堂々とビジネスを行わなければなりません。従って、儲けるためには何をしてもよいとか、少しくらいのルール違反や数字のごまかしは許される、という考え方を最も嫌います。スポーツの世界でも、反則やルール違反のないゲームからさわやかな感動を受けるのは、フェアプレイ精神に基づいているからです。誰であっても、矛盾や不正に気づいたら正々堂々と指摘をすべきです。私たちの職場が常にさわやかで活気溢れたものであるためには、一人ひとりがフェアなプレイヤーであるとともに、厳しい審判の目を持つことが必要です。

有意注意で判断力を磨く

目的を持って真剣に意識を集中させることを有意注意といいます。私たちはどんな時でも、どんな環境でも、どんな些細なことであっても気を込めて取り組まなければなりません。最初は非常に難しいことのように見えますが、日頃、意識的にこれを続けていると、この有意注意が習慣になってきます。そうなれば、あらゆる状況下で気を込めて現象を見つめるという基本ができていますから、何か問題が起きても、すぐにその核心をつかみ、解決ができるようになります。ものごとをただ漫然とやるのではなく、私たちは日常どんな些細なことにでも真剣に注意を向ける習慣を身につけなければなりません。

大胆さと細心さを併せもつ

大胆さと細心さは相矛盾するものですが、この両極端をあわせもつことによって初めて完全な仕事ができます。この両極端をあわせもつということは、「中庸」をいうのではありません。ちょうど綾を織りなしている糸のような状態を言います。縦糸が大胆さなら横糸は細心さというように、相反するものが交互に出てきます。大胆さによって仕事をダイナミックに進めることができると同時に、細心さによって失敗を防ぐことができるのです。大胆さと細心さを最初からあわせもつのは難しいことですが、仕事を通じていろいろな場面で常に心がけることによって、この両極端を兼ね備えることができるようになるのです。

利他の心を判断基準にする

私たちの心には「自分だけがよければいい」と考える利己の心と、「自分を犠牲にしても他の人を助けよう」とする利他の心があります。利己の心で判断すると、自分のことしか考えていないので、誰の協力も得られません。自分中心ですから視野も狭くなり、間違った判断をしてしまいます。一方、利他の心で判断すると「人によかれ」という心ですから、まわりの人みんなが協力してくれます。また視野も広くなるので、正しい判断ができるのです。より良い仕事をしていくためには、自分だけのことを考えて判断するのではなく、まわりの人のことを考え、思いやりに満ちた「利他の心」に立って判断をすべきです。

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